かわいいだけじゃいきていけない!

箒でさっと掃かれて消えてなくならないように

何を焦っているのかはしらないが

4年に1度のバレー年。
ジャニオタならば少なからずはソワソワするキーワードである。

4年間隔で開催される、世界の国々がバレーボールで強さを競う大会…そのスペシャルサポーターを担うのは我らが愛すべきジャニーズ事務所のタレントたちで、それは概ね既存のデビュー組ではなかった。
あらゆる『実力』のあるジャニーズJrの数人が編成されて、彼らのために書き下ろされた曲を携えてまさしく『デビュー』するのだ、そうやって生み出されたグループを巷ではバレーユニットと呼称する。

さて、2015年はまさにその4年に1度の記念すべき年である。新たなグループが誕生する必然に、ジャニオタ…特にJr.界隈に興味のあるオタクは胸を躍らせてきたのだろう。『次にデビューするのはどの子だ!?』と、2014年の内から自分なりの選抜を考えていた人も、きっと、多いのでは…。
と、言葉尻が曖昧になってしまったのは、実はわたしが上記には当てはまらなかったからで、それについてはわたしが意識の低いジャニオタだからなんだろう(バレー大会のことをわりと失念しがちだった)が、しかし、わたしにもそうなった理由はある。

ひとつめは、ここ数年、デビューが相次いだこと。まっさらなところにいちから作り上げたのはSexy Zoneしかいないので、感覚が麻痺しがちだけど、Kis-My-Ft2Sexy Zone→ABC-Z→ジャニーズWEST、この4グループがCD(DVD)デビューしたのってかなり短いスパンで起こった出来事だったから、デビューっていう一大イベントに関してかなり鈍感になっていた…と、いうか。正直、今年もグループがデビューするなら個人的には『短期間にデビューさせすぎ』だと思ってしまう。
加えて言うのなら、若手とカテゴリーされるグループの現状のプロデュースのされ方にあんまり心躍ることがない(もしくは、グループ自体に疎い)…っていうのもあって、「さぁ!次にデビューするのは!?」って、ワクワクした気持ちになかなかなれない…というのも大きい。
デビューに希望や期待が持てないだなんて、そんなつまんないことないなぁ…って、それは自分でも思うのだけど、でも、今、新しいグループがデビューしたところでそれから先の長い長い未来がどうなるのかなぁ…なんて漠然とした不安が、誰もデビューするって決まってない、ただの想像の時点ですらぼんやりとつきまとう。
新しいグループを、華々しくデビューさせられるだけの体力・力量が今の事務所に果たしてあるのかなぁ…って。
だって、使い捨てられるのはたまんないじゃない?バレー大会…その一瞬のみ輝かせて、それから先のことは知らないよ、なんて扱いされるんじゃないかって、そんなこと多分あり得ないけど、万が一にでもそうなる可能性があるのでは?って考えちゃうともう、腸煮えくり返りそうになる!
みんな頑張ってるし、みんないい子たちだから、誰だって、そういう立場になることを許せない。えぇ、モンペと呼んでいただいてかまいませんことよ?
いやもちろん、事務所に、世間に素気なくされたって、自分たちの覚悟次第で未来は変えられる、道は切り開いていけると、それもわかってる。かつての嵐や関ジャニ∞…それより以前の諸先輩方のように、不遇の時代を越えられるだけの強い意志と、メンバー間の絆を作り上げられれば。
そしてそれは、『実力のある』ジャニーズJr.であればある程度は備わっている要素なのだろう。だからその誰も彼もがデビューできない、のではないと思う。候補群に不足はないのだ。
ただ、今はその時期ではないのかなぁ…って、そんなことを思ってしまう。

…って、偉そうに綴ってきたけど、現実とはぜんぜんかけ離れたお門違いの考えかもしれないけどね!

だけどそれでも敢えて、バレーユニットとしてじゃなくたってデビューさせられるだけの体力を事務所には蓄えてほしいとオタクは勝手に祈ってる。
そしてジャニーズJr.には『備えよ常に』という言葉を送りたい。4年毎なんて決めつけないで、いつそのときが来ても良いように毎日を過ごしてほしいです。

ふたつめ…は、自担である優太くんが、今このタイミングでデビューするとはこれっぽっちも思っていなかったから。
誤解のないように断っておきますが、私は優太くんにはもちろんデビューしてほしい。デビューできる素質があるって思っています。
でもそれは別に、今年のバレーユニではないと、デビューのデの字も思いついていなかった…期待していなかったので、余計にバレーユニットに関する出来事が他人事だったのかも。
いや、わかるんですよ?2020年の東京オリンピックにあわせて新たなグループをデビューさせる構想が継続しているとして、それの人選がもっと若い世代の子たちからだとするなら、逆算してみるとあまり時間がないのかな…って、焦る気持ちもある。でも、もう少しジャニーズJr.として経験値を積んでほしい気持ちもある。私は自分勝手なオタクなので、自分の尺度で物事をはかりたい…のです。

と、つらつらと書き殴っていたら本質が見えなくなってきたのでこのあたりで切り上げておきます。


先日3月2日に世界バレースペシャルサポーター?アンバサダー?にSexy Zoneが就任する旨が報道されました。周りは憤りとか哀しみとかで溢れてて「そっか、皆、新しいグループ(または自担が)デビューするって思ってたのか…」って、自分の意識の低さに気づいたわけです。

Twitterにも呟いたのですが、今回の件が発表される直前に、お友だちとバレーユニデビューの話をする機会があったんです。そのとき友人が「デビューはありえないよ~!(サポーターは)絶対Sexy Zoneだって~」という話をしてくれたんです。世界バレーだけじゃなく、高校バレーのサポーターも担っていた彼らは、バレーボールとの結びつきも強いし、任されるだけの理由があるのだろう…わたしはこのあたりに疎いのですが、これについては健人くんの頑張りが大きいんじゃないかって。バレーについてかなり勉強したみたいで関係者からもすごく評判も良いみたいって。バレー界隈にも明るい友人は言っていました。なるほどなぁ~…って、友人というのを差し引いてもそう思えるような内容でした。
蛇足ですが、Sexy Zoneの体制のアレコレについては、悲観するのは今更感もある…と、いうと身も蓋もないんですが、5人でやることに期待を抱いては裏切られたと悲しむ…そういうことに疲れてしまった。ので、Sexy Zoneときいて中の数字が3だろうが5だろうが興味が薄くなっている……それ自体が哀しいことであるのはあるのですが。

そういうわけで、私は今回のバレー大会についてのあれこれをすごく他人事でみていたわけです。

だけどデビューって、やっぱり一大イベントですよねぇ~。今回のことがあって、改めて自担がデビューする未来について考えてみたら、やっぱり泣きそうなほど嬉しい。そりゃ嬉しいよ、自分だけの歌をうたって、煌めくライトのふりそそぐ、ステージの中心に立てる…Jr.とは決定的に違う立場…そんなところに優太くんが立てるのなら、私は泣いて喜ぶんだろうなぁ…。
だけど反面、詳細はすごくぼんやりしてるんです。誰と組むのか、どんなグループか……なんにも思い浮かばないんですよねぇ…だから、わたしはまだ、優太くんがデビューするって思えないのかなぁ…。

いつかくる、未来のために。
今はJr.担を楽しむべきかなぁ…と。もちろん、楽しいことばっかりじゃないけどね!
焦ったって仕方ないじゃない、今、目の前に広がる先の見えない道を、しっかりとした足取りで一歩一歩進む自担の姿を応援したい。

そう。
いつかくる、華々しい未来のために。

Bonheur passe richesse.

年が明け、2015年になってあっと言う間に月日が過ぎてしまっています…。 昨年の現場振り返り記録もまったく出来ていないのですが、とりあえず、記憶の鮮明なうちに新春JWの感想を、記しておかなければ…!!!と、別の現場へ向かう道すがらにこれを書いています。

3年目のジャニーズワールドは、平凡になってしまった。 

極力簡単に言い表すなら、私にはこれ以上適切な表現が思いつかない。
平凡って、マイナス評価と捉えられがちだけど、決して悪いことじゃないです。適度、適当。悪くはない……だけどやっぱり、なんだか物足りない。
と、言うのも、過去二年間は、ジャニーズワールドの我々の理解の範疇を越えた、斜め上をいくトンデモストーリーの中毒性みたいなものに夢中になっていた、と、いうか。

プロデューサーの狂気の中に呑み込まれた若き舞台人たちが、1年は本当に12ヶ月なの?13ヶ月めは本当にないの?と、順を追って辿っていくうちに、いつの間にか宇宙へたどり着き、そこで地球のすばらしさに気づくと同時に、13ヶ月めとはユートピアで、そのユートピアは実在する場所ではなく、各々の心の中にあるという真理に到達する…

JWの大まかなストーリーってこんな感じだと思うんですけど、こうやって冷静に書いてみるとやっぱり「意味わかんないよ~!」ってなるんです。でも、それでいい。意味は分からないけど、JWの時に煌びやかで時に狂気的で時に可笑しい…って、そんな世界観に魅了されていたのだから。

錦織プロデューサーは、とても冷静で、過去二年間に上演されたJWの矛盾や不可解なところをひとつひとつ紐解き、正し、分かり易くしてくれたのだと思う。だから“ここで説明しよう!”って決まり文句を付け足したくなるくらい、解説みたいな台詞ばかりだった……それが、わたしには少しお節介に感じられたのだと、今冷静になって考えてみると、そう思うのです。
観劇した者の余韻を奪う…皆無にしてしまったわけではないけれど、でも、自分の中にやっとつくりあげてきた“ジャニーズワールドとはこうだ”という概念をどことなく崩されてしまったというか、枠にはめられてしまったというか…うまくいえないんだけど、そんな感覚がある。
もちろん、“わかりやすくなった!”“見やすくなった!”と思う人の方が多いのだと思うんです。だからあくまで私一個人の話で。
あと、薮プロデューサーとの比較ではないのですが、当たり前に錦織プロデューサーは存在感が強い。舞台を引き締めているようで、殺陣なんかは、勝利くんや健人くんが霞んでしまったのかな…と思ったり。もっと、もっと、オイシイところは座長がもっていったらいい。まぁ、そうするには座長に技量が追いついていないのかもしれませんが。 


初めて観劇したときに『なんだかJWじゃない別の舞台を観ている気分だった』という、良い意味での裏切られた感じゃなく、なんだか残念な気分になってしまう方の感想を抱いたんですが、その理由のひとつに、フリースタイルバスケやファンカッション、ブレイクダンスが組み込まれたことがあります。
フリースタイルバスケとファンカッション、ブレイクダンスなんかはね、私の中ではどうしてもガムシャラ夏祭りなんです。どれだけ人が変わったって、帝国劇場になったって、去年の夏に六本木で切磋琢磨していた輝きや情熱や感動には適わない。
…と、いいつつ、組み込まれたそれらは夏に比べたら格段にショーになっていた。特にファンカッションなんて圧巻で。観ていてある種の満足感もあったのは確かでした。それに、あの夏に習得したことを、継続して披露できる場は必要だと思う。それもわかってる。だけど、ひねくれ者の私は『あぁ、ガムシャラでやったからね』って思っちゃう。既存に既存をぶつけるのが、あんまりおもしろくない気がしちゃう…のです…ほんとひねくれ者である!

捻くれついでにざくざくいきます(^^)

今回新登場のシャンベについては、素直に『逆さ宙吊りになって太鼓叩く意味とは!?』ってなった。『ジャニーズワールド!』って唱えながら棒や太鼓を叩き鳴らす意味…わたしの知っているジャニーズワールドのストーリーに、これって必要かなぁ…?必要ないよねぇ…??ってなっちゃって腹筋つらかった。『ジャニーズワールド!って言ってください!!!』って必死に呼びかけるジュニアくんと、客席の温度差な…『いや、そんな、急に言われても…』みたいにね、なるよね…。
逆さ吊りになってる萩谷くんと安井くんの顔が真っ赤になっていく様をハラハラしながら見ていた…あれはフライングの無駄遣いかな…と、思わなくもなくて、いや、無駄なことなどひとつもないとわかってはいるんですがしかし……みたいな。ジレンマつらいよ。 

あと、ブラックホールの中のメドレーで、ジャニーズワールドというお伽話の世界から一気に現実に引き戻される感がハンパなかった。あれならいっそShowTimeとして線引きされてたほうが良かった…と、個人的には思うです。
サトウショウリとナカジマケントっていう舞台人のはずが、SexyZoneの佐藤勝利中島健人になってしまって興醒めする…のかなぁ……紅白のパフォーマンスまんまじゃん?っていうのもあったかもしれない…前作もそういうことあったけど、まぁ、順番が逆だったからまだここまでの違和はなかったのかな。
なんならブラックホールについては喜びもなければ不安も悲しみないはずのなのに随分楽しそうですね…?みたいな…私の解釈が間違ってるのかもしれないですが。
錦織オーナーが「喜び組マンセー!」って言うのだいっっっきらいだったです(*⌒▽⌒*) 某国を皮肉るような…平和を謳う舞台でそれはやったらアカンだろう!と、細かいかもしれないけれどすっごく気になった。

出てくるのが否定的な感想ばかりで、もう書かない方がいいかな…と、思わなくもないですが、まだ書きます(笑)

健人くんの台頭…と、いうか、今回の舞台での役割の比重がすごかった。なんか『全部自分がやらなきゃ、この舞台は成立しない』といわんばかりだった。果たしてパートナーの佐藤勝利は必要だったのだろうか…と、いえば、それは、ストーリー的にも必要だったのだろうけど。『全部喰ってやる』っていう気迫がすごかった。
悪いだなんて言わない。彼は努力でそれだけのものを勝ち取ったのだろうから。舞台の上の健人くんは、気障で気高くて傲慢で儚い…なんて多面性のあるひとなんだろう、って思う。
健人くんの表現や口調って私には腹筋つらいことも多いんだけれども、三重人格のケントは素晴らしかったな~…特に疑心暗鬼な弱いケント、大好きです。前作のシェイクスピアでは悪役がとても良いと思ったのに、今作は正反対の性格…。「もう僕は人を愛してはいけないのかな…」そういって泣き崩れる健人くんは、今では稀にしか見られない脆さと儚さで成り立っていて、それが胸に響いたのだろう…。初めてじゃないはずなのに「この人、こういう一面も見せれるんだったね!?」っていう発見が心地よい。
そういった点で対比すると、勝利くんは全体的に印象に薄い…というか。ファンカッションの赤い衣装とても似合ってたなぁ…とか、そういうぼんやりとした感想になってしまいがちで……また否定的で申し訳ないんだけど、リボンフライングは前作の方が絶対良かった!!!勝利くん独りで魅せればよかったのに!視線が分散するのもったいないのに!!!!改悪甚だしいと、たぶん、今作で一番腹立たしい。
あっ、でも、「まだ見ぬ景色」だっけ…あれ良かったです!素直に、勝利くんかっこよかった!
ただ、もっとストレートに一曲まるまるやってほしいな…と、思わないでもない。コンサートだったらどんな構成でどんな照明でやるのかなぁ~って想像すると楽しい…。

ジャニーズJr.については、この扱いェ…、思わないでもなかった。廉くん、紫耀くん、ジェシーくん、神宮寺くん、岩橋くんあたりは、出演者として銘打っておいてあれだけの出演かぁ~…と、私でもなった。ジェシーくんなんかセリフないよね?Misty歌ってたけど…(^^)
だったら彼らより松倉くんとか松田くんとか嶺亜くんとか挙武くんのほうが、見ていて満足感があった…というか。期待感があった分、ね。
Snowmanの、裏方じゃなくて演者としての台頭は喜ばしい。その分、無所の…原くんと目黒くんのフッキングJr.感な…もっともっと踊ってるところが見たかったな~!と、すごく個人的な感想として抱いてしまった。
まぁ、好きな子がみれる舞台は嬉しい、どんな舞台でも……それで満足するのは違うとわかってるものの。これはリアルに葛藤でくるしくなっちゃう…わたしみたいな人種は。担当いなくて良かったかもしれない…軽率にいろんな人を見れたしね。

最後に。
ヒロムおじいちゃんがこの舞台を見て涙ぐんでる…ってレポを良くみたのですが、“争いごとのない世界を僕たちが作っていきます”“人間が壊した分は人間が取り戻す”っていう、若人の決意は、易しいことじゃないとわかっていても展望が感じられて、未来は明るく思えて、涙が出るのはわかる気がする。
これからの世代を担っていく若人たちの未来が明るく輝いていますように…と、祈る気持ちは誰しもが少なからず抱く気持ちだと思うなぁ…。
もし次作があるなら、勝利くん単独主演でマリちゃんと聡ちゃん出演のJWが見たい!!!!ので、おじいちゃんよろしくお願いします…!!!!!と、希望を述べて〆。

An die Freude

ルードヴィヒ.B@東京国際フォーラムホールCを観劇した感想です。
音楽劇という発表の時点で楽しみにしていたのがはっしーくんの歌唱力。あと、はっしーくんがガチンコでお芝居する姿を見てみたかった…だって、少年たちもABC座もジャニワも、確かにお芝居をしているはずなのに“はっしーくん”なんだもん…決して下手ではない、だけど良くも悪くも“はっしーくん”……ちなみに、BBJのヒロは前述に同じなのですが、チェリーズは未見…という程度でしかはっしーくんの演技を見たことのないわたしが偉そうにも批評できるわけない、と、いうのは百も承知で、個人的な感覚で言葉で上手く説明できないけど……とにかく、“はっしーくんではない、まったく別の何者か”になっているはっしーくんというものが見たかった…のです。

…で、結論からいくと、はっしーくんははっしーくんなんだな、という。そりゃそうだよ~!って、納得いった、というか。
ただ、これにマイナスな気持ちはひとつもないんです。だって、わたしが今まで見てきた数少ない“お芝居をするはっしーくん”の中で、今回が一番良かったって胸を張って言えるもの!!
声とか言いまわしとかはね、はっしーくんなんだよ。彼、独特じゃないですか、上手く説明できないけど…特に言いまわしが普通とは少し違う。でも、ルードヴィヒをきちんと演じていた…と、思う。それは彼の力だけでなく、例えば両親に対する敬語の台詞とか、“そうせざるを得なかった”という部分も大きいのだと思う。でも、“自分でない誰か”になろうと、真摯に向き合っているように、わたしには感じられたんです…。
だいたい、はっしーくんて、たぶん損な人種ですよ。すごく緊張していようが、すごく不安だろうが、そうでないように見える。なんていうかね、そういうネガティブなものは感じさせない…飄々としてるように見えるんです。ポーカーフェース…表情があまり崩れないからかなぁ?真面目に喋ったりすると、結構いろんなことを考えて背負ってるんだなって見え隠れすることもあるのに…彼の基本的には大らかな性質故に見落とされがちな部分だと思うんですよね。
でも、今回観劇した時にね、マイクを通して息遣いが聞こえたんです。幕が上がってモーツァルト先生が登場するまでのシーンで、多分、緊張ゆえの短いスパンでの呼吸音が、マイクで漏れ伝わってくることがあった…と、思うんですよね。(もしかしたらわたしの幻聴かもしれないんだけれども!)(幻聴だったとしたら…とりあえず病院受診しますね…)それだけ、プレッシャーみたいなものが圧し掛かっているのかなぁ…ってぼんやり思った記憶があります。
そのプレッシャーと上手くつきあいながら、はっしーくんだけど、ルードヴィヒになろうとしていた…んだろうなぁ…と、思いました。ヘタクソな感想文かよ!的な…だって、「全く別物の何者か」と、いうにははっしーくんだったし、でもはっしーくんじゃなかったんだよなぁ…難しい…。

主役をやるということの重み、気心の知れた仲間相手ではなく大御所の役者さんとのやりとりが多い舞台だから、そりゃ、今までの舞台とは違う。そういう経験ははっしーくんに限らず糧になるよな~って思う。役者…というか、お芝居をするうえで事務所の狭い世界にいるより外部に出た方が勉強になるとは思うんですよねぇ…絶対的に幅が広いし、経験も豊富だと思うから。
だから、はっしーくんにこういう機会がまた与えられるのなら、わたしはまたその姿をこの目におさめに行くのだろうと、思います。
かわっていくはっしーくんが見たい…!!!


今回はふみきゅんが一緒ですけど、ふみきゅんこそふみきゅんだった(笑)
モーツァルトじゃなくふみきゅん。でも、彼がいなかったらはっしーくんはルードヴィヒを演じられなかったろう……って、そんなことは実際ではありえないとわかってるけど、でも、ふみきゅん演じるモーツァルトとのシーンのはっしーくんはすごい安堵感に包まれていて無防備で無邪気で、ちゃんと息をしていた…ように、わたしには感じられたのです。あまり良いことではないのかもしれないけれど、ABCーZの橋本良亮に瞬間的に戻っていた…と、いうか。だから他のシーンはどれだけはっしーくんでもはっしーくんじゃなかった…と、いう感想になるのかもしれない。
窒息しそうな芝居の中で、唯一きちんと息ができる場所…だけど、ふみきゅんはとてもわきまえているから、ABCーZの河合郁人じゃなかった。ABCーZの河合郁人ならもっと緩いし適当だったりする場面で、馴れ合わさせ過ぎない……そういう緩急のつけかたが天才的に上手い。彼だってさほど外部の芝居をしたわけでもないだろうに、度胸がはっしーくんは格段に違う。今までの経験と培ってきた自信…さすがだなぁって舌を巻く。
今回は脇に徹しているふみきゅんだけど、主演舞台やったらまったく別の顔を見せてくれるんだろうなぁ…って、想像するまでもなくわかるから、ちょっと見てみたい気もする。

わたしはベートーベンの半生については予備知識もなく、ただ音楽劇に出演するはっしーくんが見たいだけだったのだけど、最後の第九歓喜の歌は全身にゾゾゾと鳥肌が立った…圧巻だった…
ルードヴィヒが耳が聞こえなくて、拍手の音が聞こえなくて、振り返れない演出…あのとき客席は出演者になって、会場が一体になってひとつのシーンを完成させる、あの場にいれて幸福だな…って思えた舞台でした。

何かに突き動かされるようにチケットを予約した、その第6感的なものは間違ってなかったなぁ…と思える舞台でした。
また音楽劇観劇したいです。

彼方の閃光

DREAM BOYSの感想です。

とりあえず、'13のJETよりトンデモストーリーじゃなくなったなぁ…と、思います。ただ、JETと比べて、と、いうだけで、やっぱりかなり無理矢理感ある…とか、端折りすぎだよねぇ…とか、そういう片腹痛さは拭えなかったんですけど。
でもジャニーズの舞台って基本「まじかwwww」って腹筋鍛えられるような理不尽や矛盾で構成されてる…だから「考えるより感じろ」的な、そういう観劇スタイルが訓練によって身につく気もするんですよね…ドリボに関しては、私は観劇回数も少なかったから慣れななかっただけで、多分、何度も観劇してれば普通になったのかなぁ…とも思います。だからストーリーについてのあれこれは割愛する。

以下は'14ドリボの個人的に評価したい点です。評価っておまえ何様!?って思うけど、まぁもっと砕けた言い方すると「イイネ!ボタンおしたい」って思ったところです。

☆玉森くんの座長としての貫禄
ツイッターでRTされてきたツイートが、ほんとに言い得て妙だと思ったんですけど、「座長として自分が引っ張る」と、いうところまでは正直達してはいないものの、「ついてくるならついてこい」っていうくらいの貫禄はついていたように思えました。
座長(主演)を任された故の孤高さみたいなものが滲み出ていた…ように感じられたんです。当たり前だけど演出的に独りで魅せるシーンが多くて、それが他の2人の見せ場に劣らない…どころか、同等でもなく、「おぉ、主人公だな」と思えるような……変面も玉フライングも壁フライングも、厳しく言えば技術的にはまだまだお粗末と言えるようなレベルであまり「すげー!」とはならないんだけど、バックにJr.を従えてるときの貫禄が、2人とは決定的に違った。「この人がこのカンパニーの頂点だな」と、素直に思えた、と、いうか。
今年は某レーサーもいなかったので、ジャニーズメンツの中では(一応)名実ともにトップというのも大きな要因かなぁ…とは思うのですが。いずれにせよ昨年よりはより座長らしくなってきたかな…と、個人的には感じたのでした。
玉ちゃんね、多分もっともっと良くなると思う。後輩がいて、自分より技術の長けているダンサーさんがいて、そういう中で座長をしなきゃならない状況って玉ちゃんにとってすごく成長できる環境な気がするんですよね。投げ出さないし、立ち向かう意志の強さをもってる。静かな闘志。ひたむきな姿がかっこいいですよね。だから、これを3.4年で終わらせるのはもったないと思うので、玉森裕太のDREAM BOYSを長く育てていけるといいのになぁ…って。もちろん、舞台中にふざけたり、フライングや変面のお粗末さについては意識改善や技術向上が必須ですけどね…現状をふまえて、展望を感じさせる…というか、信じたい。

☆深澤くんの役
リカさんのことが好きで好きすぎて悪にでもなれる、恋に狂った男って役どころが非常に良かった!!!そして、それをふっかが演じることが、個人的にすごくツボでして!!!!だって、男同士、仲間内でわいわいやってるんじゃなく、好きな女のために立ち回るニヒル(実は必死にカッコつけてる)…そういう年相応の役をsnowmanの中からふっかがやったんだよ!
ふっかって、どっちかって言えばいじられる側…3枚目側じゃないですか。いじられ、愛され、そういうのが似合う。だけど、あぁいう、一歩引いたところから物事を冷静に見て自分の思い通りにしようと画策する…策士みたいなのも、イイネェ!!!!先述した役どころ、snowmanならナベくんを一番に思う浮かべるのだけれど、絶妙な配役だったなぁ…って感服しました。

☆紫吹さんの存在感
さすが元宝塚男役トップ!舞台慣れしてるし、気迫が違うし、貫禄が違う!!華やかで煌びやか、それでいて舞台が引き締まる…ドリボの楽しみの1/3くらいは紫吹さんでした。イメージカラーのグリーンも、スカートスタイルも、美しかった…。そして圧巻の歌声。玉森くんと鳳蘭さんとの掛け合いの歌、最高でした!!!!ドリボの一番楽しみだったシーンは文句なしにここでした。

☆紫耀、廉、海人
別に問題はないしいいんだけど、シレっとバリバリの関西弁話す廉くん面白かったです。あと、ソロはもっと別の曲なかったんですか…??という歌詞なのでちょっとかわいそうでした…。
紫耀くんのソロ…というか、紫耀くんからスタートする3人曲、すごく紫耀くんにあってましたね~!ケントの弟で、はじめは兄を憎んでたのにボクシングシーンを見て兄を赦すどころか憧憬するのも、紫耀くんの柔らかさが自然にみせていた。演じ方によっては違和をバリバリ感じてしまいそうな難しさがあると思うのだけれど。
この2人は流石関西ジャニーズJr.なだけあって、アドリブに貪欲だったなぁ。すげー面白い…ってわけじゃないけど、ハングリー精神がみていて気持ちよかった!2枚目でお高くとまらないのっていいよね、若ければ尚更。少し残念だったのは処理する側のキスマイ3人に力量が足りなかったこと…無理矢理リセットしないといけないようなのは、個人的には好みません。流れるように、芝居の一環でアドリブ入れてほしいんですよね…。
海人については特に言うことはありません…と、いうか、そのままの君でいいよ~と。棒読みっぽいのも含めてかわいいし、踊りうまいし、歌もうまいし。8時越えの壁が残念だったけど、彼にとっても楽しい舞台になっていたらいいです。

☆ジャニーズJr.(無所)
′13より少数精鋭の無所属!劇中はマイクもないけど、自分の見せ様によっては注目してもらえる場面があったと思う。わたしの周りはみんな前田くんに視線を奪われていましたよ。わたしは髙橋凛くんにどうしても注目したくてなかなか前田くんまでみる余裕がなかったんですけど…。あと、そういった意味では宮田くんのソロで、森継くんがコンテナの上に乗って踊ってるの、「オイシイじゃん!!」って興奮しました。
個人的に好きだったのはsurvivor。snowmanの後に登場する無所っ子格好良かった~!あと、クレイジーマイドリーム?曲名がわかんない…赤LEDの演出好き…っていうか、群舞してるのが好き。

☆バスケットボール
無理矢理すぎて笑える。いや、もったいないよね!?ひと夏だけで披露しなくなっちゃうなんてもったいない!だけど無理矢理すぎて、舞台としてのストーリー…っていうか、世界観ぶち壊し…っていうか、観客(=わたし)が一瞬現実にもどっちゃうので総じて微妙だね…と、言わざるを得ない。
紫耀くんがダンクを決めるのハラハラしたよ~ひとり混ざってよく頑張りました!

☆Fight all night、Fightman
ワァァァァァァ!!ってなるよね、Y&Jにドップリだった私としてはさ!
宮舘くんからはじまるFight all nightは一見の価値有りだった^^Fightmanは、すばるくんのが好きで、でも千賀くんも良かったです~!

☆SHOW TIME
玉森くん王子だった!以上!なんて。(笑)
Endless roadの前の3人のローラー、すごい良かった~!星屑のライトも美しかったです。



つらつらとまとまりなく綴ってきましたが、やっぱり歴史ある舞台なのでツマンナイ舞台だって言い切れない良さがあるんだよな~!
来年も上演してほしい…来年はどんな進化があるのかな~って、見たくなる…見てみたい、だから、退化をしないように祈っています。

おおきくなるっていうことは


『おおきくなるっていうことは』という絵本が好きです。
もちろん絵本ですからそこにかかれていることはちいさな子どもが実感できるような内容ばかりなんです。身体が大きくなるから服が小さくなる、乳歯が抜けて永久歯に生え変わる、何でもかんでも口に入れたりしない――良し悪しの区別がつく・・・そういうのは大人になればなるほど、『なんだ、そんなあたりまえのこと』なんて笑ってしまいたくなるような普通のことばかり。でも、この本の素敵なところはそれだけじゃ終わらないってところ。これからの生き方を教えてくれるような・・・大人になっても心に響く・・・年齢を重ねていくうえで変わらずに大切にしたいと思えるようなことも、きちんと載っているんです。

全文紹介したいところだけれど、今回は、特別に好きな一節を紹介します。

『おおきくなるっていうことは おもしろいことが どんどん みつけられるってこと』

一度この世に生を受けたら自分を取巻く世界の面積は膨張し続けていく。コミュニティは広がり、たくさんの人と触れ合い、多くの事象を体験する。でもそれは決して特別なことではなく、意識するに足らない当たり前のこと。
だけどそうやって世界が広がってくってことは、選択肢が増えるってこと、たくさんの楽しみを見出せるってこと、だと思うんです。それをとっても分かり易くしたのが『おもしろいことがどんどんみつけられるってこと』って一文だと、わたしは解釈していて。
それが、ある一定の時期を過ぎて、いわゆる『おとな』とよばれるような歳になってくると、こういうことってつい見失いがちになってしまう。面白さよりも義務とか責任とかそういうものにばっかりに気をとられて、大半のことは面倒臭いながらも惰性で続けるような事態に陥りがちなんです。もちろんわたしも、面白いことってなかなか見つけられない、『つまらないおとな』のうちのひとりなんですけど。

それでもこういう一節に触れると、なにも感じないわけじゃない。自分自身を正すのは、歳を重ねれば重ねるほどに難しくなって、だから代わりに、前途洋洋の若者たちに身勝手な期待に満ちた思いを抱くことが多くなってくるわけです・・・と、なんでこんな話をするのかっていうとですね、まぁ、優太くんの話ですよ。

この一年で優太くんって結構変わったなぁ・・・って思うんですよね。うまくはいえないんだけれど、余計な柵から開放されて、身軽になったというか・・・自分を開け広げに曝け出すことが多くなったと、思うんです。
たとえば雑誌のインタビュー、『少し前の優太くんならこういうことはあまり明確な発言をしなかったなぁ・・・』ということをさらっと話していたりする・・・そしてその要因って単純に『18歳になった』から、ではなく、高校を卒業したから――『学生ではなく社会人になった』から、のような気が、個人的にはしていて。
ジャニーズジュニアの活動とは切り離した、もっと現実的な世界で、優太くんはひとつおおきなステージに足を踏み入れたわけです。学生のうちは学生ゆえに制限されるものが、社会人になると己の責任で全うできる・・・なんてことは間々あって、思うに、その緩和が優太くんを生きやすくしたのかな・・・と。
本人もことあるごとに『自分は大人だ』ってことを強調してるんですけど、大人になることをすごく楽しんでいるのが伝わってくるなぁ・・・って、思うんです。
そういった意味でこの一年間は優太くんにとって初めてのことばかりだった気がする。面白いこと、楽しいことをあれよあれよと見つけて、楽しんで、与えられた自由を思い切り満喫したことでしょう。
さて、じゃあ二年目はどうだろう。一年目は『若さ』や『勢い』で乗り越えられたり許されていたことが、とたんに通用しなくなる。大人の世界は甘くはなくて、その厳しさに直面するときがくるかもしれない。そういうことが現実に起こったときに『なんだ、つまらない』そんなふうにがっかりして欲しくないなぁ、と、思うわけです。
優太くんぐらいの年頃は大人になりきれない、でも子どもでもいられない・・・そういう特別な期間だと思うんです。特に男の子は精神的な成長が著しいのかも。そういう過渡期の年齢を、出来ることなら悔いの残らないように過ごして欲しくて。別に穏やかでなくたっていいんです、波風はいっぱいたったほうがいい、歓びも苦しみも、もうこれ以上はいらないって、手に余るくらいに経験して、よく生きて欲しい。そしてまたひとつおおきくなってほしい。
ジャニーズジュニアなんて付加価値が付いてると、普通の生活をしているだけでは経験し得ないことが山ほどあるでしょう、でも、その一方で『普通らしいこと』は出来なくなってしまうのかもしれない。それをつまらないなんて思って欲しくない。


おおきくなるっていうことは おもしろいことが どんどん みつけられるってこと。


無数に用意されている未来に胸をときめかせて、どんなに小さくてもいいからその歩みを止めないで欲しい。楽しいこと、面白いこと、たくさん見つけて、輝いていて欲しい。
またひとつおおきくなった、あなたの新しい一年が明るく輝くものでありますように。
19歳、お誕生日、おめでとう。

今在る不幸に立ち止まってはいけない

セクシーリニューアルについて、独り言を延々と垂れ流す。

個人的には、もちろん3人よりは5人がいい。この世の多種多様なしかし例外なく美しいものをガラスケースの中の箱庭に閉じ込めたような、セクシーゾーンとはそういうグループだと思っているから。

じゃあ、どうして5ではダメで3になってしまったんだろうってことを延々と考えているわけです。わかるはずないのに、それでも自分が納得できるような理由を探してしまう。そうしないと気持ちの落とし所がないんです。単に、事務所クソだな!CD不買しようぜ!じゃんじゃん問い合わせ(という名のクレーム)しようぜ!みたいな攻撃的な感情にはなれない・・・のは、私がそれなりに社会人として生きているからかもしれません。もちろん先述したみたいな気持ちがないわけじゃないよ!

とりあえず、考えてみた柱は下記よっつ。

①業界的には5人での需要より3人での需要のほうが上回っているから
②3人と2人の間に圧倒的なファンの数の差があるから
③ひとりはグループのために、ではなくてグループはひとりのために・・・な、ご時勢だから
④近年稀に見るジャニーズジュニア豊作の時代だから

アイドルは当たり前だけど慈善事業ではない。収益をあげなければ、解散だってやぶさかではない厳しい世界なのだと思う。まず思いついたのは①で、仕事をしていくうえで、(事務所内ではなく)外の世界に『5人揃って』より『3人』を求められてしまったのかなぁ・・・と。それは年齢的な壁だったり、物理的な問題(住処の話はあまりしたくないけど、避けては通れないとおもう・・・もしかしたら移住はあのタイミングじゃ遅かったのかもしれない)だったり、いろいろな理由があると思うけれど、そういう障碍が少しずつなくなってきた時には『3人でもなんとなくやっていけるんじゃないか』って、そういう考えがすっかり根付いてしまっていたのかなって・・・。そういう前提があったうえで、②がひびいていそうだなって。これはわたし含めファンが、口ではどれだけ言ったって実際の行動として示してこれなかった結果なのかなって思わないでもない。ツイッターやブログでどれだけ応援してるといったところで、どれだけ5人での活動を望んだところで、ある程度の判断の材料になるのが数字だったとしたら、それを残してあげられなかったわたしたちは無責任に批判ばかりをすることなんてできないのかな・・・とも思う。もちろんお金が関わってくることだから自分のできる範囲で、となると狭まってくる門ではあるのだけれど・・・それでもこちら側の需要をわからせるためにはある程度のお金を落とすことは必要なのかな・・・と、利益回収の可能性を見出せなければ、言葉は悪いけれど見限られるのはある意味真理なんだろうなぁ・・・悲しいけど。本当はこういうことをファンに気づかれたり考えさせたりした時点でアウトなんだろうけど、ね。
③については、たぶん反対意見って言うか、批判もあると重々承知の上で書くと、個人プレーが目立つ・・・というか、ふまけんを筆頭に個人主義なところがあるよね・・・ってことです。いや、グループのことを考えてないとかそういうことじゃなくてだな!『一人ひとりの個性の強いグループで』『各々で頑張っていたらメンバーが揃ったときにすごい力になる』って、そういうニュアンスのことをよくインタビューで答えてるじゃないですか、これってすごく正当な気もするけど、でもわたしはその言葉がずっと引っかかってて。一人ひとりの個性が強いとか、一人ひとりで頑張って、とか、そういうの、なんか違う気がする・・・。見放すような、突き放すような、冷たい感じ。個人が頑張るのは当たり前なんだけど、だけど、ひとりで頑張るよりもメンバー全員で頑張るって、そういう選択肢だってあったと思うんですよね。セクシーゾーンに関しては、個人で頑張るのは時期尚早なのかなと、思わないでもない。土台がしっかりしてなかったら重みに耐えかねて潰れちゃうかも・・・そんな不安がある。ほかのグループが語る『個性』や『一人ひとりの頑張り』とは違ってとれちゃうのは、不遇の時代を含めて積み上げてきた経験とそれに付随する信頼がないから。「5人でたいした活動してないくせになに言っちゃってんの?」って、言葉悪いしかなり攻撃的だけど、そう思うところもある。
こういう話をするとき、必ず槍玉にあげられるのは風磨くんだと思うんだけど、「俺が!」「俺が!」ってのは、むしろ健人くんのような気がするでもない・・・と、個人的には思っていて、どちらもグループのことを大事に考えていないわけではないだろうし、だけどグループ、の、前に、自分自身っていうのが見え透いている・・・これは、こんな状況になる前からぼんやり思っていたことで、今回のことで一気に突きつけられたっていうか・・・こないだの密着番組の中でも健人くんが『自分の進む道はこれでいいのかって悩みます』って『でもファンの子にはこんなふうに悩む俺も知って欲しい』って言ってて、わたしには、あぁこの人はナチュラルに『自分』な人なんだなって思えてすごく哀しくなった。でも逆にわたしの考えが古くて、最近の若者は結構こういう考え方なのかな~って思わなくもない。個人主義って悪いことじゃない、グループよりたった一人を応援したいって思う人もいるだろうし…古いけど「時代だな」って、まさにその言葉がぴったりな感じ。
だけどやっぱり、わたしはグループをひっぱっていく3人だからこそ、とくに、お兄ちゃんな健人くんと風磨くんだからこそ『5人』に拘って欲しかったなー・・・と。たとえ仕事が減ったってなんだって、『5人』に拘って欲しかった。もしかしたら拘ってもどうにもならない状況下にあって、それなら拘っていることすら感づかれないようにする・・・なんてプロ根性なのかもしれないけれど。彼らが、現時点で、5人を諦めてしまった、みたいな状況が苦しいし、その苦しみを彼らを悪く言うことでしか昇華できない(それ以外の方法が見つけられない)のも苦しいけど、こういう気持ちってずっと持ち続けてしまうんだろうなって思ってしまう・・・・・・どうしようもなくて、でも解決策も今のところは見つからないのでこの話は終わり!

④についてはね、『セクシーファミリー』の『志の高い者』は『セクシーゾーンとしてCDに参加』みたいな表記のことです。それっていわゆる、『人気のあるジュニア組み込んじゃおうぜ!』みたいな安易な考えを、見栄よく言ってるような気がしてならないからゾッとする。楽ですよね、一からグループ作って売り出すよりもともとあるグループに流動的に入れたり出したりするほうが楽です。だけど、志の高い者って、志高くないやつなんかいるのかよ、選ばれなかったら志高くないのかよ、ってわたしは捻くれ者なのでそう思っちゃう。今、ジュニア黄金期以来じゃないかってくらいにジャニーズジュニアにスポットが当たってるのはわかってる。だけど、所詮はジャニーズジュニアなんですよ。デビューを掴み取った一握りの人間とは決定的に違うものがある。そこの線引きはきっちりしなきゃいけないと、個人的には思ってます。デビューした人たちにとっても、そうじゃない人たちにとっても。それを曖昧にすることで得るものなんてあるのかな・・・って、ずっと考えてるんだけどわたしには思いつかなくて、だから誰かに教えて欲しいくらい。
もちろん、CDに参加することで得るチャンスは計り知れない、そこから開ける道もあるだろう。もし自担がそういう立場になったとしたらわたしは全力で応援するしかないんだろうけれど、セクシーゾーンであってセクシーゾーンではないって考えはずっとついてまわるだろうし、ちゃんと、「○○ってグループの一員」って誇らしげに言いたい。神宮寺くんや岩橋くんが『CDデビューに拘らない』『デビューだけが夢じゃない』なんていってるけど、もちろんそれは現状では正しい考えなんだろうけど、でも、わたしは自担に、優太くんにちゃんとデビューして欲しいし、その夢を諦められない。だから怖い、こういう売り出し方は心底怖い、ジュニア担だからなによりこの点に一等脅威を感じている。「夢は(きちんと固定された)グループでのCDデビューです!」っていえない、そんなジャニーズなんてクソ喰らえだ!

 

・・・とはいえ、今ある数々の不幸に歩みを止めて、未来を描こうとしないのは間違っている。未来は決まっていない、一分、一秒先だって、自分の力でどうとでも変えていける、そう信じて今できることを、こうなりたいと思い描く未来に向かっての一歩を踏み出すのを躊躇してはいけない。わたしたちが未来を作ることだってできる。そのためにはどうすべきか、よく考えて動き出さなければいけない。後ろ向きに批判ばかりを繰り返しているだけじゃいけない。セクシーゾーンが勝利くん、健人くん、風磨くん、聡ちゃん、マリウス、やっぱりこの5人じゃなきゃだめだね、3人と2人にわけるだなんて馬鹿なことしてた時もあったよね~なんて笑って話せるような未来をわたしたちが作っていかなければ・・・途方もない話だけれど、まずはその覚悟を持つことが第一歩、だからわたしはどれだけ苦しくても彼らの動向を見守っていくのだろう・・・と、ほんのちょっとのことで挫けてしまいそうだから、今の気持ちをすぐに思い返せるように文字にして残しておくよ。

緻密に計算された鈍色の糖度

梅田芸術劇場博多座で9月10月に上演されるEndless SHOCKの出演者が発表されましたね。
そこに、優太くんの名前はありませんでした。
メールを見る直前まで、わたしは、もちろん優太くんがSHOCKカンパニーの一員でユウタを演じる…と、信じていたわけです。
だけど、それが否定されたことで、まったく違う現実をつきつけられたことで、目の前が真っ暗になるとか、悲しくて泣けてくるとか、そういうマイナスの感情は不思議と一縷も浮かんでこなかった。
もちろん動揺はした、動揺したままツイートもしました(下記参照)



(※もちろん、研修の休憩中にメールを見て、休憩中にツイートしました(笑))

そしてきっちり一時間講義を受けて、冷静さを取り戻した後のツイートが↓これ。


上記にもあるけれど、「吐きそう」ってのは、SHOCKに出られないことに、じゃなくて、9月10月は現場が決まっていると思ってたのに、それが白紙になった怖さからの「吐きそう」なんですよ…ジャニーズJr.なのに、『そこに行けば確実に姿を見れる』とわかってる……先の現場予定が明確なんてとってもありがたいことで、それは重々承知しているつもりだったけど、驕っていたのかもしれない…胡座をかいてたんだと…だから、すごく身勝手な不安だよなとは思います。
でもやっぱり不安だよ~:;(∩´﹏`∩);:優太くん9月10月にお仕事あるの!?SHOCKみたいに、少なからずピンでスポットライトあびるようなお仕事があるの!?って、考えちゃう…:;(∩´﹏`∩);:すごく個人的な願いだけど、わたしはTVで姿を見るより生身の姿が見たい派なので、そういう現場が欲しいよ~とも思ってしまう…_(:3」∠)_ 
顔文字混じりでライトにポップに書いてみたけど、ほんとに勝手ですね!いや、勝手でいいと思ってるんですけど。だって、実際どう転んだってそれをちゃんと受け止める覚悟はあるから。


あともうひとつ。こちらの方が本題というか、重要というか。
こうしてSHOCKから離れることが現実となって、自分がSHOCKカンパニーの一員である岸優太に、ユウタに、驚くほど未練がないんだなぁ…とあらためて思ったというか、納得したのです。
なんかねぇ、SHOCKっていう現場はもちろん優太くんにとってもヲタク(=わたし)にとっても特別な現場であることは間違いないんですよ。
優太くんがSHOCKに出演しなかったら、ユウタを演じなかったら、得られなかったものがたくさんある。ダンスの精度が良くなったのも、舞台の楽しさを知ったのも、自分と同じ名前の、でも、自分ではない誰かを演じることも、ストイックに努力することも、今まで交流のなかった先輩と仲良くなれたことも、他にももっと、全部が全部、優太くんの糧になったと思うし、良い影響を与えてくれたと、悪い面なんてこれっぽっちもなかったって疑う余地もなくそう思ってる。
SHOCKに出演して、目に見えて変わっていく優太くんを感じられることが嬉しかったし、カンパニーに可愛がられて、愛されて、可愛さ全開の優太くんが大好き。
だけど、優太くんにとってはSHOCKが全てではない。当たり前だ。むしろSHOCKの方がイレギュラーだ。でも現実的に、その前提が当たり前じゃなくなるようなスケジュールが組まれている。帝劇2ヵ月、梅芸1ヵ月、博多座1ヵ月の計4ヵ月はSHOCKに専念しなければならない。特に、梅芸と博多座は遠征で他の仕事をするのは難しくなる。
2013年に4ヵ月間公演をやり遂げた優太くんのことを誇らしく思う反面、それまでの居場所で勝ち取ってきた(あまり適切でない表現かもしれない、と、承知しています。だけど、他の適切な表現が見つからないのでこれで)ポジションを明け渡してしまう…必然的にそうなることに、焦燥感でいっぱいで苦しくて、どうしようもないモヤモヤを、わたしはずっと持て余してきたんです。
この一年と半年の間にすっかり様相は変わりました。今でもたぶん、納得した訳でも、諦めたわけでもない。不満とか歯がゆさとか悔しさとか、そういうマイナスの感情ででいっぱいになる時だってあるし。
だけどそういう想いとは別の次元で、今のポジションに慣れてしまった。受け入れてしまった。

ここからは全くの余談となりますが…。

「しまった」なんて書くと、すごく後ろ向きっぽいけれど、きっとこれっておかしなコトというよりはむしろ、普通のことなんですよね。後ろめたく思う事柄では、決してない。だって、ジャニーズJr.である限り、デビューしていない限り、バックダンサーをつとめている限り、居場所の保証なんてないのだから。
スポットライトのおこぼれをもらえるような前線で踊っている、あわよくばスポットライトを一身に浴びて踊らせてもらったり、マイクを持たせてもらってる、だけどその次の日にはそこに居場所はないのかも。夢のように、泡沫のように、脆く儚いもの。
ジャニーズJr.のひとりを担当にするようになってから、この考え方はいつも頭の片隅に持っていなければならないと意識的に思っているのですが、でも、時々忘れてしまうんです。
幸せですね、幸せにしてくれてるんだと思います、優太くんが。
そんな阿呆なわたしだから、ここ最近は苦しくなったり悲しくなったりすることが多いんだけど。一寸先は闇っていう、そういうシステム自体はべつに枷なんかじゃないんですよね。ああいう生存競争の厳しい中でいつ何時も変わらずに在り続けられなければ、その先はない…んです、きっと。
彼らはそれを承知でその世界に飛び込んで今、そこに在る。だから屈折にも耐え居場所を作り上げられるか否かなんて、本人の覚悟だったり努力だったり知恵だったり才能だったり…とにかく渦中にある当人しか背負えない。だから極論、ファンが出来ることって実はひとつもないんじゃないかとすら、思うことも、あります。
だけどそれじゃ虚しすぎるでしょ?ファンがいることで少しでも本人の活力につながればいいなと思うし、少しでも大人の目に留めてもらえるように写真を買ったりアンケートを書いたりする、そうやって応援することを無駄なことだと思いたくない。応援することに意味を見出すなんて傲慢だと思うけれど、そうじゃなかったらファン(=わたし)の存在意義がなくなっちゃうもんね。

…と、余談のくせに書きすぎてしまいました。しかも終わりがないという…すみません。

閑話休題

さんざんクズグズしてきて一体なにが言いたかったのか、ってね。
わたしにとっては同年代の子たちと一緒の現場で輝きを放つ優太くんが、SHOCKのユウタよりも価値があるってことなんですよ。だから、今年も4ヵ月、SHOCKに出るんだとしたら、それは、とてつもなく嬉しい一方でとてつもなく不安だった。これから先のことを考えたときに、そこ以外どこにも行けなくなりそうで。
なーんだつまんねぇ!しかもめんどくせー!って思うでしょ?わたしもそう思う。
だけどグズグズしょうもないことを言いたくもなるよ、人間だもの(ちょりを)と、いうわけで、もう少しだけおつきあいください。

優太くんてとっても流されやすい人間…染まりやすい人間だと思っていて。それってどこにでも居場所を作れるってことだから別に非難したいわけじゃ、これっぽっちもないんだけど。
2014年のSHOCK帝劇公演を終えてからは、その後の現場で見る優太くんの姿で気になることが少しあって。
確かにダンスの精度は良くなったと思う、だけど、なに踊ってもSHOCKが抜けないんです。
特にターン。わたしね、優太くんのターン好きです。きれいだから。SHOCKのAmericaという楽曲でダンスするようになってから、ほんときれいにターンをするようになった。優太くん自身も好きだといわれることや褒められることが多いと思う、それを自分の武器にして、なんにもおかしくないと思う。
だけど…だけどね、それは曲に合った踊りをするからいいのであって、やたらめったらターンすればいいってもんじゃないと…わたしなんかはね、思うわけです。
それが胸につっかえていて、だからそういう意味でもほっとした。SHOCKから離れることに。

もしこれからもSHOCKに関わることがあったとしても、それは少し先の未来でいいのかと思う。
他の現場でもがいて、挫けて、立ち上がって、そうしてぐんと成長した後にに出るSHOCKは、優太くんにとってまた違う意味を持ってくると思うから。

私の見方が偏っているだけだってわかってます、これはとても個人的な話で、誰かに共感してもらいたいとか、誰かを啓蒙したいとか、別の考えを否定したいとかそういうことではありません。自分のためにこれをちゃんと吐き出しておきたかった。だって胸にしまっておくと苦しいんだもの…。


SHOCKはとっても甘い蜜だったけど、そろそろ旅立ちの時。7月にはドラマがスタートするし、この秋もきっと、SHOCKのユウタにかわるような素敵な姿を別のお仕事で魅せてくれると信じています。